治らない病を治す 愛着障害・双極性障害・パニック・第四の発達障害・複雑性PTSD を克服する

トラウマ、HSP、人格障害、解離性障害、婦人科系疾患も当事者です٩( 'ω' )و  

【病識への道・後半】複雑性PTSDという診断にたどり着くまでの30年間②

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後半をアップしました!

アクセスの多かったモラハラ、DV、自己愛性人格障害の病識についても触れました。

 

 

お手数ですが下記リンクからご覧いただけたら幸いです"(-""-)"

realptg.com

 

前半はこちらから!

realptg.com

https://realptg.com/2020/05/16/illness-history-to-ptsd1/

 

今日はひさびさに激しくトラウマのフラッシュバックを頂戴しまして、

ひさびさに身体が虚脱しています〜〜〜

海に浮かぶ流木みたいに、指先以外どこにも力が入りません〜〜〜〜( ̄▽ ̄;)

その理由は明日アップしたいと思います〜〜〜〜

 

 

雑談。

ズーム飲みしていると、古い友達が子連れで参加してくれたりします。

そこで、とても美人で性格もよくさっぱりした

尊敬に値する後輩の3歳の娘ちゃんと画面越しにお話ししました。

 

私が思っていた3歳像が良い意味で崩れました。

娘ちゃんは表情豊かだし、

あれやりたいこれやりたいと論理的でなく話し、

嫌なことがあるとイヤイヤとし、

友達をとても親として信頼しているように見えました。

 

3歳2ヶ月のとき、

私は頭蓋骨陥没の事故に遭いました。

正確には、無邪気な友達に殺られそうになったところ、ギリギリ助かったのです。

でも、保育園の先生にも、親にも、そして記憶にも、

「痛かった」

とは一言も言わなかったし、周りの誰もがそれを信じたそうです。

「大したことなくて良かったね」

流血殺人未遂は、日常の一コマとしてすべての人の記憶から消え去りました。

 

だから皮膚を7針縫い合わせただけで処置は終わり。

大したことない怪我は、いまも陥没跡が残っています。

そしていまの私も、何事もなかったかのように生活しています。

 

これが私の3歳のスタンダードになっていました。

親を信頼せず、他人を信用せず、痛みも感情も切り離す3歳が普通だと。

でもやっと少しずつ、

「あのとき、痛いって言っても良かったのかな?」

と思えるようになってきました。

 

自分の感情を文章以外で表現することは

あまりにも困難で、まだリアルで言うのはハードルが高すぎるので

ブログにコッソリ書いてみます。

「お父さん、お母さん、すごく痛かった。怖かった。殺される、死んだ、と本当に思った。それを言いたかったよ」

 

お付き合いいただきありがとうございました🙏

 

 

 

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