治らない病を治す

愛着障害・双極性障害・パニック症・トラウマ性発達障害・小児期トラウマ・パーソナリティ障害・複雑性PTSDを克服する~虐待サバイバー、HSP、解離性障害、婦人科系疾患も当事者です٩( 'ω' )و  

チャンスを掴めない人たち 一部修正

私は少ないチャンスを確実にゲットして

ここまでの人生をサバイバルしてきました。

……恋愛以外では( ´ ▽ ` )

もうそこは過去のことなので笑うしかありません。

 

けど、私がいくらキラーパスを出しても、

決して受け取らない人がいます。

彼らが困っているから助けて、

と言うからわざわざ考えて工夫してパスするんですが、

みすみすチャンスを無にする人が多い多い。

 

運を味方につけられる人は、

同い年でも家庭も仕事も自分らしく出来ているし、

運をみすみす逃す人は、

この年でも延々と過去のトラウマに囚われて

ワーカホリックで身体を壊したり

愚痴の言い過ぎで社内で孤立したり

酒飲み過ぎて痛風で歩けなくなってたり

なんかおかしなことになってます。

 

私はその差が気になります。

モラハラ男に未だに関心があるのは、

まったくもって非合理的なことを延々とできる

あの根性と熱意がどこから来るのか、

ドーパミン依存症だけでは説明できないから。

あれほどの熱意とエネルギーがあれば

どんな心願成就も楽勝だと思うのに……

 

なぜ他人のせいにして自分が逃げることに

自分の大切な人生の時間とパワーを使えるのか不思議だし、

せっかく愛してくれる人が現れているのに

モラハラDVでフルボッコにする合理的意味が、

いくら考えても無いんですよね。

 

自分と向き合えば

ちょー早で楽になるのに。

 

そう考えると、やっぱり人間って所詮は

動物のうちの一種族

だとしか思えません。

弱い奴に強がってみたい本能剥き出しの生き物なんでしょうね。

マウンティングしないと生きられないんでしょうね。

それが自分の首を絞めると分かっていても、

本能だからマウント取ってしまうんでしょうね。

 

私は哲学や社会学が専門で、

近代とは? 人間とは? 理性とは? 資本主義とは?

を4年間も議論し続けてきましたが、

その議論した人がモラハラするのを見るにつけ

「哲学は自己愛の自己弁護として利用されやすい学問だなぁ」

と思うわけなのです。

 

✨加筆修正✨

本来の哲学や学問は、今のように細分化されていませんでした。

アダムスミスは実業家で経済学者で何でも屋でしたし、

本物の哲学者が目指しているのは、

ものごとを曇りなく明らかに見ることです。

 

しかし、哲学者たちが身を削ってたどり着いた答えを、

自分を着飾るアクセサリーにするヤカラがいます。

人より自分が優れていることの証にしようとする馬鹿がいます。

それは明確にたくさん、哲学専攻者の過半数います。

 

私は18の時、本当に自殺しようとしていました。

常に電車のホームから飛び降りないために必死でした。

その私に、自称哲学マニアで、いまは有名外資コンサルティング会社のシニアコンサルタントをしている男子が

「お前はアノミーだ!」

と言い放ちました。いや、アノミーじゃないし。

集団本意的自殺未遂だし。

 

本気で哲学をしようとする人は、私の印象では実践と理論のバランスを取ろうとしています。

頭でっかちの恐ろしさを知っているから。

 

知識だけ詰め込み自己防衛するタイプは、

哲学を学んだとは言うべきで無い、と付言します。

また、そういうメンタリティの人間は

どれほど知識を増やしても、記憶力が良くても

己の弱さと向き合う力が無いために、

結局は自己愛という幻に逃げざるを得ず、

哲学者を気取りつつ、パートナーを傷つけても被害者ヅラし続け、欲望のままに浮気し、金を横領する

クズに堕ちる運命にあると思うのです。

これは理系でも医系でも同じ。

自分と向き合う強さの無いやつに学問を語る権利などないと私は思っています。

✨追加ここまで✨

 

そして彼らは常に自分に都合の良い言説を身にまとい、

不都合な言説を馬耳東風するので、

結局いくら哲学を学んでも、

むしろモラハラは酷くなる。

どんどん知識は増えるけれども

それは自分に都合の良い解釈が出来るから。

自己愛の鎧が強化鍛錬されていくんです。

 

 

うん、やはり仲良くするなら理系の人だなぁ。

理系の人は反論に耐えられるけれど、

文系の人は反論に耐えられないで

パワハラモラハラ、DV、人のせいに

すぐする。すぐ逃げる。逃げグセが強い。

パーソナリティ障害とかじゃなくてもね。

 

自分はもとがバリバリ理系なので良かったです。

感情的に物事を判断しないクセがついているし

相手の反論を冷静に聞ける下地があります。

文系の人と話していると、

突然激昂したりするので面倒くさくて……。

で、科学的エビデンスをもとに話すと、

「俺を科学ごときで理解できると思うのか!」

とやられる。

いや、君がプロの科学者を超えたエビデンスをくれよ……と常に思いますけど。

 

ことほど左様に

自分の考えにしがみつく人は

チャンスを掴めないばかりでなく、

企業では下を潰しまくる老害となり、

家族を虐待してふんぞりかえってますが、

いつか50代以上でそういう人たちには

天罰が下ると思います。

 

同世代でもかなり明暗が分かれてきていて……

素直さと誠実さって本当の本当に大事だと痛感。

偏差値エリートだからってふんぞり返ってる奴らをどうにか更生させたいですが……

 

と言うのも、恐らくは、過去記事で書いた

かつてドン底の私を救ってくれた人たちは、

既に自己愛に堕ちていると思われるからです。

父がそうであったように、

彼らはなす術もなく世界に翻弄される

可哀想な畜群として、世界の歯車として、

自分を見出してくれない世界を呪いながら

なす術もなく漂流しているのだろうと。

 

ふと思ったのです。

私が強くなると、彼らは離れていった。

これは公式として成り立つ。

つまり、弱い女だから守れたしやりがいがあったのかもしれないということ。

残念だけど恐らくそれが彼らの限界だったんだと思います。

今もきっと「弱そうな女性」と結婚しているのでしょう。

でも実際はすべての女性は痛みにも強いし、生命力強いし、口では勝てないから

結局、自己愛ダークサイド転落でハラスメントで鬱憤晴らしてるんだろうなぁと。

なーんか、悲しい結末ですね。

弱かった私が強くなってしまったから、

彼らは二度と目を合わせてくれなくなったのかも知れません。

 

私には本当に命の恩人だったけど、

彼らからしたらヒーロー然と出来て自己愛を満たしていただけで

結局win-winだったのかも知れないなぁと思います。

残念ですがきっと現実はそうなのでしょう。

それでも感謝はもちろんしていますけど(^^)

 

何か新しい価値観を打ち出したいものです。

アダムスミスに帰って

道徳経済学とかね。

あ、渋沢栄一か!笑笑

 

 

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